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投稿者: CANPAN運営事務局
【週刊読書人】永遠の人間の戦いの記録(2008年7月25日号)(2008年7月25日)

- 週刊読書人(7月25日号)
永遠の人間の戦いの記録
神話を語って作者の世界観を語る
篠田 知和基
【週刊読書人】 (2008年7月25日号)
松村 一男著
この世界のはじまりの物語
世界には[創生神話]というものがある。『聖書』の「創世記」があり、中国の盤古神話などがあり、原初、世界の牛が汗をながしていたという北欧の話などもある。日本でも最初は混沌の海で、そこに油のようなものがういていて、やがて葦カビがはえてきたなどという。インドでは「在る」という観念があって、そこから世界がうまれたという。ギリシャでもオルペウス教では、かなり観念的な創造神話を考えていて、宇宙卵から万物のもとであるパーネスが生まれたなどという。そもそも「神話」とは世界の始まりを説明する物語だという定義もあるのである。
しかし「神話」は世界の始まりを説明するだけではない。さまざまなものや、文化のはじまりも物語る。さらには「終わり」もものがたるのである。破壊と死である。実はいかなる神話にもでてくるもっとも普遍的なテーマというと、「戦争」がある。トロイ戦争はヨーロッパとアジアの最初の戦いだなどという。その前には、ゼウスと巨人たちの戦い、ギガントマキアがあった。インドの『マハーバーラタ』でも、中国の神話でも、人間どもが戦う前には神々が戦っていた。世界はつねに天下分け目の戦いをしているのである。
歴史はじまっていらい、地球上に戦争のなかった日は一日もなかった。神話は文芸化されてゆくと、エロスの面ばかりを強調するようになるが、本来はまず、人間と自然との闘いを語ったのであり、ついで、光と闇、善と悪の戦いを叙述しているのである。そしてさらには、神々と人間との戦いさえあった。世界中に分布する洪水神話とは、神々が人間を滅ぼそうとした試みだった。天にのぼろうとする人間がいるとゼウスは雷を投げつけて、情け容赦もなく、そのイカロスやパエトンを撃墜した。人間の最大の敵が神だなどといえば、そんなはずはないというだろう。しかし、人間をやさしくみまもってくれる「神」などというものは実はどこにもいなかったのだ。神はおそるべき自然とともに、いや、その自然そのものでさえあって、つねに人間をひねりつぶそうとしていた。たったひとりで、大自然の猛威を前にした人間はひたすらおそれ、そのおおいなる脅威を「神」となづけて、その最大の敵となんとか対話をしようとした。それが最初の物語としての神話だった。そして、その「神」をたぶらかし、なんとか、その威力を軽減し、制御する方法をまなんでいったのが文化だった。
神と人間は世界の神話のなかで、たえまなく戦い、あるいは策略をもってだましあってきた。食物の起源だって、結局は一つのりんごを神と人間がとりあう争いだった。破壊と暴力と詐術とにみちた世界の神話、それはたしかにあらゆるものの「はじまり」の物語だった。と同時にそれは永遠にくりかえされる反復の物語でもあって、それに対して、『聖書』は創世記からはじまって「黙示録」でおわり、あたかも、世界は一回性のものでしかないかのようなフィクションを打ち立てた。『聖書』は神話ではない。ひとつのフィクションの押し付け「教え」なのだ。「神話」は永遠に始まりと終わりをくりかえしてゆく。それは「教え」などではなく、永遠の人間の戦いの記録なのだ。世界の終末をかたるという北欧のラグナレクという神話も、破壊ののちによみがえる太陽を描いている。世界はたえずよみがえる。たえまなく戦い続けるために。そんなことを考えるのに、これは好個の本だ。神話を語って、作者の世界観が語られている。(しのだ・ちわき氏=前・広島市立大学教授・神話学専攻)
★まつむら・かずお氏は和光大学教授・比較神話学・宗教史専攻。東大大学院博士課程満期退学。著書に「神話学講義」など。一九五三(昭和28)年生。
週刊読書人・・・哲学・思想、文学・芸術からサブカルまで…読書人を志す人の新聞。本紙は全国の書店、大学・生協で毎週金曜日発売。WEB週刊読書人は木曜午後の更新!
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神話を語って作者の世界観を語る
篠田 知和基
【週刊読書人】 (2008年7月25日号)
松村 一男著
この世界のはじまりの物語
世界には[創生神話]というものがある。『聖書』の「創世記」があり、中国の盤古神話などがあり、原初、世界の牛が汗をながしていたという北欧の話などもある。日本でも最初は混沌の海で、そこに油のようなものがういていて、やがて葦カビがはえてきたなどという。インドでは「在る」という観念があって、そこから世界がうまれたという。ギリシャでもオルペウス教では、かなり観念的な創造神話を考えていて、宇宙卵から万物のもとであるパーネスが生まれたなどという。そもそも「神話」とは世界の始まりを説明する物語だという定義もあるのである。
しかし「神話」は世界の始まりを説明するだけではない。さまざまなものや、文化のはじまりも物語る。さらには「終わり」もものがたるのである。破壊と死である。実はいかなる神話にもでてくるもっとも普遍的なテーマというと、「戦争」がある。トロイ戦争はヨーロッパとアジアの最初の戦いだなどという。その前には、ゼウスと巨人たちの戦い、ギガントマキアがあった。インドの『マハーバーラタ』でも、中国の神話でも、人間どもが戦う前には神々が戦っていた。世界はつねに天下分け目の戦いをしているのである。
歴史はじまっていらい、地球上に戦争のなかった日は一日もなかった。神話は文芸化されてゆくと、エロスの面ばかりを強調するようになるが、本来はまず、人間と自然との闘いを語ったのであり、ついで、光と闇、善と悪の戦いを叙述しているのである。そしてさらには、神々と人間との戦いさえあった。世界中に分布する洪水神話とは、神々が人間を滅ぼそうとした試みだった。天にのぼろうとする人間がいるとゼウスは雷を投げつけて、情け容赦もなく、そのイカロスやパエトンを撃墜した。人間の最大の敵が神だなどといえば、そんなはずはないというだろう。しかし、人間をやさしくみまもってくれる「神」などというものは実はどこにもいなかったのだ。神はおそるべき自然とともに、いや、その自然そのものでさえあって、つねに人間をひねりつぶそうとしていた。たったひとりで、大自然の猛威を前にした人間はひたすらおそれ、そのおおいなる脅威を「神」となづけて、その最大の敵となんとか対話をしようとした。それが最初の物語としての神話だった。そして、その「神」をたぶらかし、なんとか、その威力を軽減し、制御する方法をまなんでいったのが文化だった。
神と人間は世界の神話のなかで、たえまなく戦い、あるいは策略をもってだましあってきた。食物の起源だって、結局は一つのりんごを神と人間がとりあう争いだった。破壊と暴力と詐術とにみちた世界の神話、それはたしかにあらゆるものの「はじまり」の物語だった。と同時にそれは永遠にくりかえされる反復の物語でもあって、それに対して、『聖書』は創世記からはじまって「黙示録」でおわり、あたかも、世界は一回性のものでしかないかのようなフィクションを打ち立てた。『聖書』は神話ではない。ひとつのフィクションの押し付け「教え」なのだ。「神話」は永遠に始まりと終わりをくりかえしてゆく。それは「教え」などではなく、永遠の人間の戦いの記録なのだ。世界の終末をかたるという北欧のラグナレクという神話も、破壊ののちによみがえる太陽を描いている。世界はたえずよみがえる。たえまなく戦い続けるために。そんなことを考えるのに、これは好個の本だ。神話を語って、作者の世界観が語られている。(しのだ・ちわき氏=前・広島市立大学教授・神話学専攻)
★まつむら・かずお氏は和光大学教授・比較神話学・宗教史専攻。東大大学院博士課程満期退学。著書に「神話学講義」など。一九五三(昭和28)年生。
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