ニュース

【 スポットライト 】

投稿者: CANPAN運営事務局

【週刊読書人】日本とアメリカの狭間で (2008年5月9日号)(2008年5月9日)

週刊読書人(2008年5月9日号)
週刊読書人(2008年5月9日号)
ジェラルド・カーティス、手嶋龍一対談
日本とアメリカの狭間で
『政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年』の刊行を機に

【週刊読書人】(2008年5月9日号)


明晰でロジカルな文体
現代の「ジョン万次郎」


1964年、23歳の時に初来日以来、長年、日本政治の研究をつづけてきた、コロンビア大学政治学教授、ジェラルド・カーティス氏が、45年におよぶ日本との関わりを振り返りながら、この国の政治と社会について綴った『政治と秋刀魚』(日経BP社)を上梓した。東京行きの直行便が未就航時、アラスカ経由で羽田空港にひとり降り立ったカーティス氏を待ち受けていたのは、いかなる運命だったのか。「知日派」の政治学者の目に映った日本とは、どのようなものだったのか――。本の刊行を機に、元NHKワシントン支局長で、アメリカ同時多発テロの際、昼夜にわたって11日間連続の放送を担った、ジャーナリスト・手嶋龍一氏と対談をしてもらった。手嶋氏も又、4月末、『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』を講談社より刊行している。(編集部)


手嶋 カーティスさんの『政治と秋刀魚』を一気に読ませていただきました。タイトルの『政治と秋刀魚』を含めて、なかなか洒落ていて、とても粋な本だと思いました。まず、流れるような現代日本語で書かれています。論理が明晰で、すっきりと筋が通っている。ただ、それだけに読んでいて奇妙な感覚にもとらわれてしまいました。カーティスさんは1964年に来日する前に、日本語を少しだけ勉強したと書いています。ということは、成人した後はじめて日本語を学んだということですが、いささか疑わしい気にさせられました。冒頭からおわりまで、間断することなく、スーッと読んでいくことができました。これは言語の習得に特別な才がある、といったことで説明できるのかと思ったのです。ひょっとして、著者は「神の子」というか、「日本の子」だったのではないかと思ってしまいました。母国語でない言語でこんな境地に達することが可能なのでしょうか。じつに疑わしい(笑)。中味がまた一味違っています。カーティス版『三丁目の夕日』になっているのです。時代は、この映画の少し後なのですが、当時の東京の情景が読んでいて浮き立ってきます。ああ、ジェラルド・カーティスさんという人は、戦後日本にやってきた「ジョン万次郎」なんだと思いいたったのです(笑)。万次郎のアメリカ報告は、一級のインテリジェンス・オフィサーに引けをとらない素晴らしさですが、『政治と秋刀魚』の「ジョン万次郎」は、それに肩を並べています。
カーティス そういうふうに読んでいただけると、本当に嬉しいですね。手嶋さんは今「間断することなく」とおっしゃってくれたんですが、日本語にはリズムがあります。私は元々ピアノをやっていたから、リズムがすごく気になるんです。音楽と同じように、日本語もリズムに乗って筆を運ばなければ、なにか雑音が入ったような気持ちになってしまう。そんな時は何度も書き直すことになる。

手嶋 日本語といえば、やはり福澤諭吉の存在なしには語れません。日本語の分野でも稀な先導者でした。まったく新しい文体と言葉を新生明治にもたらしました。スピーチを演説と翻訳したというより、民衆を説得する技を生み出したといっていい。長い鎖国の時代に終止符を打って、対話する時代を切り拓きました。この知の巨人の出現で近代日本語も大きく飛躍しました。にも関わらず、英語はロジカルで明晰な言語なのに、日本語は情緒的で美しいが、論理的で簡潔な文章を綴るには向かないと思い込んでいる人が多い。そんな俗論にはまっている人は『政治と秋刀魚』を読むといい。現代のジョン万次郎が書いたこの本は、ロジカルで、すっきりとした文体をもち、間断することがない。日本語を母国語としない人が書いた革命的な著作だといっていい。ひょんなきっかけから日本文明に迷い込んで40年。日本語を我がものとした人の、ひとつの到達点がこの本なのでしょう。内容もじつに面白い。ただ、その点は他の方も論じるでしょうから、カーティスさんの明晰でロジカルな文体の意義をもっぱら申し上げたく思います。
カーティス ありがとうございます。そういっていただくと、この本を書いてよかったという気がしてきました。

手嶋 僕はジャーナリストですから、お世辞は言わないことにしています。この本の文体の特質は、いい朗読者に読んでもらうと、すぐに分かります。日本語のリズム、息の長さがぴったり調和している。どうして、ニューヨークで生まれて、日本にやってきた人が、こういう本を書けるのでしょう。コロンビア大学という素晴らしい大学、そう、あのドナルド・キーン先生をはじめ多くの碩学を生んだ伝統がなせる業なのでしょうか。
カーティス 私自身、今まで何冊も本を書いてきましたが、日本語で本を書くのは初めてなんです。いつも本を書く時は大変な作業で、楽しいと思ったことはありません。出来上がった段階で、ほっとする。でもこの本は、書くこと自体がすごく楽しかった。こんな経験も初めてですね。ひとつには、日本に来てからの楽しい思い出を、いろいろ振り返りながら書いたからだと思います。もうひとつは、最初から何を書こうと決めて書いたのではなく、自由に書き進めていったからかもしれません。

手嶋 細かいエピソードが実にぴりりとしていていいですね。ひとつだけ例を挙げます。「お流れ頂戴します」という箇所がそれです。「お流れ」の酒で酔っ払わないために、「杯洗」の仕方を代議士に教わる。そこでカーティスさんは、こんな指摘をしています。「政治家と芸者さんは似ている。両方とも杯洗を上手に使うコツを体得していることが、酒席を長く努められるかどうかを左右するからだ」と。そして後日譚として、新橋の料亭でのエピソードが紹介される。芸者衆に向かって「今は杯洗を知らない人が多いようだ」と言うと、芸者衆は「杯洗はフィンガーボウルだと思うお客さんが多く、時々そこに手を突っ込む人もいます」と笑って答えるくだりです。実に正確なルポルタージュになっています。
カーティス あの晩はあなたと一緒だった。ジャーナリストと酒を飲むのは怖いなあ(笑)。

手嶋 他のひとつひとつのエピソードも、実に細かに描写がされていて、何十年も前のことを、よくあれだけ明確に記億されていますね。
カーティス やっぱり初めて日本に来た時のインパクトは大きかったですからね。本を書いているうちに、色々なことを思い出しましたよ。スナックのママが「夢は夜開く」や「小指の想い出」という歌を教えてくれたこととか、銭湯の湯船の中で話し込んでしまって、のぼせて倒れた話とか。ひとつひとつが私にとってものすごく大きい経験だった。あの頃の日本は本当に素晴らしかったと思うし、毎日が刺激的で楽しかった。自分の視野が日々広がっていく感じでしたよ。私の人生は日本に来たことによって変わったわけだから、45年間、日本と付き合って、暮らしてみた気持ちを、素直に書こうという気持ちはありました。

手嶋 冒頭の銭湯からスナックの話にいたる箇所は、この本の前半のハイライトです。ああいう話を読んでいると、カーティスさんは政治学者であると同時に、比較文化人類学の研究者でもあるという気がします。優れた文化人類学者がひとつの社会に入っていった時、ツボをはずさずに、拾うべきエピソードをきちんと拾っていっているという感じが伝わってきます。日本社会や日本政治を象徴するような現象を一つ一つ拾い出していますね。そこがじつに素晴らしい。
カーティス 最初の本『代議士の誕生』も、政治・文化人類学の観点から書いた面がありますよね。それは僕が好きな方法なのですね。

手嶋 アメリカ人が日本社会を扱った書物としては、文化人類学者ルース・ベネディクトの『菊と刀』がよく知られています。優れた著作であることはいうまでもありませんが、あそこで選ばれている素材に、違和感を抱く日本人もいるはずです。しかし『政治と秋刀魚』で選ばれている素材については、だれも違和感を持たないでしょう。それは、カーティスさんがエトランジェ(異邦人)として日本に来ながら、日本の人々の心の内側にまですっと入り込んで、生活者として考え、暮らしたからなのでしょう。西荻窪という一帯の描写ひとつとっても、当時の雰囲気が匂いたつように書き写されています。
カーティス 日本のジャーナリズムの第一線にいる方に、こんなに褒められるとは、気持ちがいいね(笑)。

つづきは、「週刊読書人」2008年5月9日号をご覧ください。

週刊読書人・・・哲学・思想、文学・芸術からサブカルまで…読書人を志す人の新聞。本紙は全国の書店、大学・生協で毎週金曜日発売。WEB週刊読書人は木曜午後の更新!


【連絡先】
株式会社 読書人
〒162-0805 東京都新宿区矢来町109 神楽坂ローズビル4F 
(東京メトロ東西線神楽坂 徒歩1分)
TEL:03-3260-5791 
FAX:03-3260-5507
URL:http://www.dokushojin.co.jp/

◆◆◆購読をご希望の方はこちらから◆◆◆
『週刊読書人』定期購読申し込み http://www.dokushojin.co.jp/kodoku_moshikomi.html


※この情報はCANPAN運営事務局が代理で登録したものです。
  この情報に関するお問合せは、【連絡先】まで直接お願い致します。

この記事へのあなたのおすすめ度を入力してください。

▲ページトップへ


日本財団公益コミュニティサイト CANPAN
Copyright (C) The Nippon Foundation