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投稿者: CANPAN運営事務局
【週刊読書人】日本全国を動き回って (2008年4月18日号)(2008年4月18日)

- 週刊読書人(2008年4月18日号)
日本全国を動き回って
死刑をめぐる問題を考える
伊藤 公雄
【週刊読書人】(2008年4月18日号)
森 達也著
死刑
人は人を殺せる。
でも、人は人を救いたいとも思う
小さい頃、それこそ小学校の低学年の頃に、よく「死刑」のことを考えた。もちろん、自分が死刑に「される」側に立っての想像だ。当時から、死刑を「執行する」側に自分が立つということは少しも考えたことはなかった。記憶をたどると、子どもの頃から、日本の死刑が絞首刑だということは、それなりに理解していたようだ。たぶん、マンガ雑誌から得た知識だったのだろう。
次に、本気で死刑について考えたのは、大学生時代のことだ。連合赤軍による同志殺しがその契機だった。当時、学生運動のまっただ中にいたぼくは、ある意味で、この粛清を、運動内部の死刑問題だと考えた。修復不能な死という「処置」は、それが「政治的」なものであるがゆえに、緊急かつ明確な答えを当時のぼくに要求した。ぼくにとって、この問いかけは、そのまま、(言葉足らずかもしれないが)運動や組織、さらに社会そのものにおける民主主義という課題とかぶってきた。その思いはいまだ持続している。実際、1980年代のフランスでの死刑廃止を受けてまとめた本『こうすればできる死刑廃止――フランスの教訓』(木下誠と共編著、インパクト出版会)で、ぼくは、「死刑廃止の声は、未だ確立されたことのない日本における民主主義、自由と人権を確立していくための、政治的・社会的・文化的な『革命』の一環である」と書いた。
今、森達也さんのこの本を読んでいるぼくは、だから、ある意味で、死刑廃止については「確信犯」である。とはいっても、本書を読みながら、「確信犯」だったはずのぼくも、(廃止派であるといっていいだろう)森さんとともにさまざまな心の揺らぎを覚えずにはいられなかった。
サダム・フセインの処刑のシーンから始まる本書で、森さんは、死刑をめぐるさまざまな場や人々の心の動きを、自分の目で確かめようと、日本全国を動き回る。死刑廃止運動にかかわる人々(そこには被害者遺族である原田正治さんの姿も含まれる)。死刑囚たちの声(大阪教育大付属池田小学校の児童殺傷事件で死刑を執行された宅間守さんの「死刑になりたいから人を殺した」という声や、「自らの罪を死刑で償う」と語るオウム坂本弁護士一家殺人事件の死刑囚岡崎一明さんをはじめ、森さんが自ら接触をはかった多くの死刑囚たちの語りが綴られる)。刑の執行にたずさわる刑務官たちの複雑な心情。そして何よりも、事件の被害者遺族やその支援者(かつて廃止論者だった藤井誠二さんとの議論なども書かれている)たちの言葉。読みながら、読者としてのぼくもまた、森さんと彼が出会う人々との議論に、いつか巻き込まれていく。
ぼくにとって最も印象的だったのは、山口県光市の母子殺害事件の被害者遺族である本村洋さんとのやりとりだった。本村さんは、こう森さんに書いている。
「権力が『暴力で社会を統治する』事態は最悪だと思います。その意味では、戦争や死刑は、権力が暴力で社会を統治しようとしている現れであり、忌避する気持ちは理解できます」。
それでも、彼は、加害者の死刑をはっきり望んでいる。弁護側から殺意を否定する証拠が出されていることとともに、本村さんのこうした態度もまた、加害者へのリンチ的な情報を垂れ流すマスメディアからは伝えられることがない。
死刑判決が急増しつつある今、社会全体で、「死刑」と本格的に向き合うことが求められている。それが「第三者」としてのぼくやあなたであっても。むしろ、それだからこそ。(いとう・きみお氏=京都大学教授・社会学専攻)
★もり・たつや氏は映画監督・作家。一九九八年、自主制作ドキュメンタリー映画「A」を発表。著書に「放送禁止歌」「いのちの食べかた」「悪役レスラーは笑う」など。一九五六(昭和31)年生。
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死刑をめぐる問題を考える
伊藤 公雄
【週刊読書人】(2008年4月18日号)
森 達也著
死刑
人は人を殺せる。
でも、人は人を救いたいとも思う
小さい頃、それこそ小学校の低学年の頃に、よく「死刑」のことを考えた。もちろん、自分が死刑に「される」側に立っての想像だ。当時から、死刑を「執行する」側に自分が立つということは少しも考えたことはなかった。記憶をたどると、子どもの頃から、日本の死刑が絞首刑だということは、それなりに理解していたようだ。たぶん、マンガ雑誌から得た知識だったのだろう。
次に、本気で死刑について考えたのは、大学生時代のことだ。連合赤軍による同志殺しがその契機だった。当時、学生運動のまっただ中にいたぼくは、ある意味で、この粛清を、運動内部の死刑問題だと考えた。修復不能な死という「処置」は、それが「政治的」なものであるがゆえに、緊急かつ明確な答えを当時のぼくに要求した。ぼくにとって、この問いかけは、そのまま、(言葉足らずかもしれないが)運動や組織、さらに社会そのものにおける民主主義という課題とかぶってきた。その思いはいまだ持続している。実際、1980年代のフランスでの死刑廃止を受けてまとめた本『こうすればできる死刑廃止――フランスの教訓』(木下誠と共編著、インパクト出版会)で、ぼくは、「死刑廃止の声は、未だ確立されたことのない日本における民主主義、自由と人権を確立していくための、政治的・社会的・文化的な『革命』の一環である」と書いた。
今、森達也さんのこの本を読んでいるぼくは、だから、ある意味で、死刑廃止については「確信犯」である。とはいっても、本書を読みながら、「確信犯」だったはずのぼくも、(廃止派であるといっていいだろう)森さんとともにさまざまな心の揺らぎを覚えずにはいられなかった。
サダム・フセインの処刑のシーンから始まる本書で、森さんは、死刑をめぐるさまざまな場や人々の心の動きを、自分の目で確かめようと、日本全国を動き回る。死刑廃止運動にかかわる人々(そこには被害者遺族である原田正治さんの姿も含まれる)。死刑囚たちの声(大阪教育大付属池田小学校の児童殺傷事件で死刑を執行された宅間守さんの「死刑になりたいから人を殺した」という声や、「自らの罪を死刑で償う」と語るオウム坂本弁護士一家殺人事件の死刑囚岡崎一明さんをはじめ、森さんが自ら接触をはかった多くの死刑囚たちの語りが綴られる)。刑の執行にたずさわる刑務官たちの複雑な心情。そして何よりも、事件の被害者遺族やその支援者(かつて廃止論者だった藤井誠二さんとの議論なども書かれている)たちの言葉。読みながら、読者としてのぼくもまた、森さんと彼が出会う人々との議論に、いつか巻き込まれていく。
ぼくにとって最も印象的だったのは、山口県光市の母子殺害事件の被害者遺族である本村洋さんとのやりとりだった。本村さんは、こう森さんに書いている。
「権力が『暴力で社会を統治する』事態は最悪だと思います。その意味では、戦争や死刑は、権力が暴力で社会を統治しようとしている現れであり、忌避する気持ちは理解できます」。
それでも、彼は、加害者の死刑をはっきり望んでいる。弁護側から殺意を否定する証拠が出されていることとともに、本村さんのこうした態度もまた、加害者へのリンチ的な情報を垂れ流すマスメディアからは伝えられることがない。
死刑判決が急増しつつある今、社会全体で、「死刑」と本格的に向き合うことが求められている。それが「第三者」としてのぼくやあなたであっても。むしろ、それだからこそ。(いとう・きみお氏=京都大学教授・社会学専攻)
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