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投稿者: CANPAN運営事務局
【週刊読書人】 塩野七生氏インタビュー「「ローマ人だけがなぜ」を問うて15年」 (2007年1月5日号)(2007年1月12日)

- 週刊読書人(2007年1月5日号)
塩野七生氏インタビュー
「ローマ人だけがなぜ」を問うて15年
I〜XV巻の最終巻刊行を機に
【週刊読書人】(2007年1月5日号)
イタリア在住の作家である塩野七生氏が1992年から毎年1巻ずつ新潮社から刊行してきた『ローマ人の物語』I〜XV巻の最終巻である『ローマ世界の終焉』が2006年12月15日に刊行され、全巻が完結した。本書は、1200年の長きにわたって君臨したローマ帝国の興隆から終焉までを描き、多くの読者を獲得し、韓国や台湾でも翻訳刊行されている。そこで全巻の完結を機に、塩野氏にインタビューし、別項のとおり、最終巻の書評、エッセイ、レポートなどを2・3・12面にわたって掲載した。 (編集部)
一月一日が勉強始めの日
執筆を始めたら土日も休みなく
――十五年戦争という言葉がありますけど、今度のお仕事は、塩野さんご自身が十五年間、ペンを持った戦争をされたような気がするんですけど、ご自身ではいかがでしたか。
塩野 ルネサンス時代を書いていた頃に、私をサポートしてくださった先生方、書かない前から支えてくれた先生を数えていけば、安倍能成先生まで入るんですけど、書き始めてからでしたら、田中美知太郎先生から始まって、会田雄次、堀米庸三、林健太郎、谷川徹三、木村尚三郎さん、ああいう方が次々と亡くなられ、高坂正堯さんも亡くなられましたし、そういう意味ではちょっと一人ということは感じましたね。
――最初の編集担当者である伊藤喜和子さんのところに六十歳を過ぎた読者から「完結編を読みたいので、もっと早く刊行できないだろうか」と要望があったそうですが。
塩野 伊藤喜和子さんは一年に一冊では読者が忘れるから一年に二冊くらいでと、読者の声を使って私に迫りましたけども、二冊にしたら私が死んじゃうと。それで一年に一作。七月七日は私の誕生日で、しかも七夕で、ちょうど読者と一年に一回会うには格好の日だと思って、その日に本当は毎巻出すはずだったんです。でも、あれが実現したのは第一巻だけ。
――一九九二年がそうですね。九三年は一ヶ月遅れでした。
塩野 第一作目刊行の後にインタビューに答えているうちに、すっかり帰国が遅れ、お勉強の時間が少なくなり、それで遅れちゃって。それ以後は、一年に一回は帰ってきて、本作りですね。私の場合は原稿を渡すだけでは話が済まないんです。どういう地図が必要か、ここでこの男の顔を紹介したい、ならばブリティッシュミュージアムにある彫像がいいか、それともローマの国立博物館にあるのがいいかとか、編集者と話し合いながら、作るのです。
――取材、調査、執筆など、一年の仕事の配分はどういうぐあいでしたか。
塩野 日本に二回来てましたから、合わせると一ヶ月ちょっと来ているわけです。それ以外は、日本から帰って、北ヨーロッパ、イタリア、スペイン、北アフリカ、だいたいその辺りを回るのに使う。一月一日、これは古代ローマでは、共和政、帝政の別なく仕事始めの日です。そこで私も一月一日が勉強始めの日です(笑)。勉強が終わって執筆に入る前、五月頃二週間程日本に遊びに帰ってくる。それからローマに戻って執筆が始まるんです。私はインスピレーションが湧きあがるのを待つとかは一切信じてませんから、必ず定時には机につき、書けても書けなくても五時間はそこにいる。
――お書きになる時間は決まっていたんですか。
塩野 だいたい七時頃に起きて、ヨーロッパ各国のニュースを追いながら朝食をして、私は主婦でもありますから、前日のお皿なんぞ洗ったりしていると、九時頃になる。九時から午後二時までですね。もう執拗な繰り返しです。
――一週間のうち一日くらいお休みをとるとかは。
塩野 日曜というのはキリスト教のお休みで、私もローマ人の側にたって書いてますから、日曜日は休みます。ただし、日曜はお洗濯の日なんですね(笑)。だから時間はちょっと少なくなるんです。しかし、執筆を始めたら土日も休みませんでした。一日を二部に分けるのは、古代ローマ人の生き方なんですよ。明りが高価でしたから、日の出とともに働き始めて、十二時から一時頃まで働いて、それから公衆浴場に行くかチェスの卓を囲むか、それとも図書館へ行くか。その後で家へ帰って、日のあるうちに夕食をとるというのがローマ人の庶民のスタイルだったんです。あちらでもエリートはそんなこと言ってられなくて、相当な重労働でしたけど。だから私もそのようにいたしました(笑)。無理を重ねると絶対続かないという信念を持っているものですから。
★しおの・ななみ氏は1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、63年から68年にかけてイタリアで学び、68年に「ルネサンスの女たち」を「中央公論」に発表し、初の書下ろし長編評論『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅な冷酷』で1970年度毎日出版文化賞を受賞、この年からイタリアに住む。82年に『海の都の物語』でサントリー学芸賞、83年に、菊池寛賞を受賞。92年から『ローマ人の物語』を刊行し始め、第1巻が93年に新潮学芸賞、99年に司馬遼太郎賞を受賞、2001年に『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行、02年にイタリア政府より国家功労賞を授与される。
★つづきは、「週刊読書人」1/5号をご覧ください。
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「ローマ人だけがなぜ」を問うて15年
I〜XV巻の最終巻刊行を機に
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イタリア在住の作家である塩野七生氏が1992年から毎年1巻ずつ新潮社から刊行してきた『ローマ人の物語』I〜XV巻の最終巻である『ローマ世界の終焉』が2006年12月15日に刊行され、全巻が完結した。本書は、1200年の長きにわたって君臨したローマ帝国の興隆から終焉までを描き、多くの読者を獲得し、韓国や台湾でも翻訳刊行されている。そこで全巻の完結を機に、塩野氏にインタビューし、別項のとおり、最終巻の書評、エッセイ、レポートなどを2・3・12面にわたって掲載した。 (編集部)
一月一日が勉強始めの日
執筆を始めたら土日も休みなく
――十五年戦争という言葉がありますけど、今度のお仕事は、塩野さんご自身が十五年間、ペンを持った戦争をされたような気がするんですけど、ご自身ではいかがでしたか。
塩野 ルネサンス時代を書いていた頃に、私をサポートしてくださった先生方、書かない前から支えてくれた先生を数えていけば、安倍能成先生まで入るんですけど、書き始めてからでしたら、田中美知太郎先生から始まって、会田雄次、堀米庸三、林健太郎、谷川徹三、木村尚三郎さん、ああいう方が次々と亡くなられ、高坂正堯さんも亡くなられましたし、そういう意味ではちょっと一人ということは感じましたね。
――最初の編集担当者である伊藤喜和子さんのところに六十歳を過ぎた読者から「完結編を読みたいので、もっと早く刊行できないだろうか」と要望があったそうですが。
塩野 伊藤喜和子さんは一年に一冊では読者が忘れるから一年に二冊くらいでと、読者の声を使って私に迫りましたけども、二冊にしたら私が死んじゃうと。それで一年に一作。七月七日は私の誕生日で、しかも七夕で、ちょうど読者と一年に一回会うには格好の日だと思って、その日に本当は毎巻出すはずだったんです。でも、あれが実現したのは第一巻だけ。
――一九九二年がそうですね。九三年は一ヶ月遅れでした。
塩野 第一作目刊行の後にインタビューに答えているうちに、すっかり帰国が遅れ、お勉強の時間が少なくなり、それで遅れちゃって。それ以後は、一年に一回は帰ってきて、本作りですね。私の場合は原稿を渡すだけでは話が済まないんです。どういう地図が必要か、ここでこの男の顔を紹介したい、ならばブリティッシュミュージアムにある彫像がいいか、それともローマの国立博物館にあるのがいいかとか、編集者と話し合いながら、作るのです。
――取材、調査、執筆など、一年の仕事の配分はどういうぐあいでしたか。
塩野 日本に二回来てましたから、合わせると一ヶ月ちょっと来ているわけです。それ以外は、日本から帰って、北ヨーロッパ、イタリア、スペイン、北アフリカ、だいたいその辺りを回るのに使う。一月一日、これは古代ローマでは、共和政、帝政の別なく仕事始めの日です。そこで私も一月一日が勉強始めの日です(笑)。勉強が終わって執筆に入る前、五月頃二週間程日本に遊びに帰ってくる。それからローマに戻って執筆が始まるんです。私はインスピレーションが湧きあがるのを待つとかは一切信じてませんから、必ず定時には机につき、書けても書けなくても五時間はそこにいる。
――お書きになる時間は決まっていたんですか。
塩野 だいたい七時頃に起きて、ヨーロッパ各国のニュースを追いながら朝食をして、私は主婦でもありますから、前日のお皿なんぞ洗ったりしていると、九時頃になる。九時から午後二時までですね。もう執拗な繰り返しです。
――一週間のうち一日くらいお休みをとるとかは。
塩野 日曜というのはキリスト教のお休みで、私もローマ人の側にたって書いてますから、日曜日は休みます。ただし、日曜はお洗濯の日なんですね(笑)。だから時間はちょっと少なくなるんです。しかし、執筆を始めたら土日も休みませんでした。一日を二部に分けるのは、古代ローマ人の生き方なんですよ。明りが高価でしたから、日の出とともに働き始めて、十二時から一時頃まで働いて、それから公衆浴場に行くかチェスの卓を囲むか、それとも図書館へ行くか。その後で家へ帰って、日のあるうちに夕食をとるというのがローマ人の庶民のスタイルだったんです。あちらでもエリートはそんなこと言ってられなくて、相当な重労働でしたけど。だから私もそのようにいたしました(笑)。無理を重ねると絶対続かないという信念を持っているものですから。
★しおの・ななみ氏は1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、63年から68年にかけてイタリアで学び、68年に「ルネサンスの女たち」を「中央公論」に発表し、初の書下ろし長編評論『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅な冷酷』で1970年度毎日出版文化賞を受賞、この年からイタリアに住む。82年に『海の都の物語』でサントリー学芸賞、83年に、菊池寛賞を受賞。92年から『ローマ人の物語』を刊行し始め、第1巻が93年に新潮学芸賞、99年に司馬遼太郎賞を受賞、2001年に『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行、02年にイタリア政府より国家功労賞を授与される。
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