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投稿者: CANPAN運営事務局
【週刊読書人】 二〇〇六年の思想界をふり返る「 「ネオリベ」との対峙の中で」 (2006年12月22日号)(2006年12月22日)

- 週刊読書人(2006年12月22日号)
二〇〇六年の思想界をふり返る「 「ネオリベ」との対峙の中で」
座談会=岩崎稔・白石嘉治・本橋哲也
【週刊読書人】(2006年12月22日号)
年末回顧総特集号
今年もまた多くの良書が出版された。見落としていた本も気になるところだ。本号では、この一年間の出版物の動向と収穫を各ジャンルにわたって振り返ってみた。年末年始の読書計画の参考にしていただければ幸いである。
(編集部)
主戦場は大学に
岩崎 『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)を昨年大野英士さんと一緒に編集された白石嘉治さんにお越しいただいているのですから、まずはネオリベラリズムとそれがもたらす荒廃という観点から、論点を整理してみましょう。さすがに小泉政権のもとで社会的不公正が臨界を越えてひどくなったことで憤りが高まっていますが、多くの場合、ルサンチマン感情とあまり違わない格差批判の反発に陥りがちです。しかし、ネオリベラリズム、白石さんにならっていえば「ネオリベ」は、たんに一つや二つのアイデアや政策にとどまらず、イグナシオ・ラモネが指摘するように、第二の資本主義「革命」という包括的なダイナミクスであり、その論理だと思うんですね。問題をどのくらいの深度で測ることができるのか。この反省的な問いがいろんなところから提起されました。
白石 「ネオリベ」という言葉を使おうと思ったのは、それが口語的な蔑称だからです。理論や政策としてのネオリベラリズムが現場に降りてきたときに、どういうかたちでわれわれを追いつめ、想像力を限定し、ある種の行為をネグレクトするのか。それに対してどう反撃するのかを日常の中で見つめ直す感覚を研ぎ澄したいと思った。だから「ネオリベ」というハシタナイ言葉で、問題を日常的な位相で名指す必要があるだろう、と。
お話にでたラモネが『グローバリゼーション・新自由主義批判事典』(作品社)の刊行とあわせて、9月に来日し何度か講演をしました。それであらためて思ったのですが、いまヨーロッパと南米では左派が圧倒的に強い。だからラモネによれば、反ネオリベラリズムの運動が政策に回収されてしまう困難に直面している、と。日本の状況とはやや懸隔があるのでしょうが、そうした世界的な流れのなかで、個人的には大学の問題が主戦場になるだろうし、感受性や想像力のあり方が問い直されていくのだろうと思っています。
本橋 現場において何らかの言説を生み出す時には、自分がどういう人間で、どういう立場から語っているかに意識的にならざるをえません。ところが残念ながら、ネオリベラリズム批判の「普及版」として「格差社会」とか「ニート・フリーター問題」の衣をまとって語られる言説には、自分が置かれている立場を捨象したものがとても多いように思います。白石さんは今、ネオリベラリズムの主戦場は大学にあると言われましたが、そこには当然、大学法人化の問題や非常勤職員の問題などが関わってくると思います。私たち自身の現場ということで、まずは教育や労働の場所を考えて、いくつか本を扱っていきましょうか。
岩崎 早稲田大学でビラ撒きしただけで逮捕、という異様な事件をきっかけに、ネオリベ化した大学を解剖したスガ(※糸偏に圭)秀実さん、花咲政之輔さん編の『ネオリベ化する公共圏』(明石書店)がありました。早稲田の地下サークル部室などは、それこそ大学再編に一番抗う空間だったのでしょうが、そこが圧殺されるプロセスには、ネオリベ的統治の特性が集約的なかたちで現れています。矢部史郎さんと山の手緑さんの『愛と暴力の現代思想』(太田出版)も、強いられた「現場」を撹乱して、自分たちでそれを再設定する可能性を考えさせる本でした。平井玄さんの『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』(太田出版)もいい。空間解放の企てをきっかけに、ネオリベによって飼いならされた「自然」をかき乱し、そこに起ころうとしている何かを切り取っています。
ところで今年、厳しい出版状況の中で果敢にも新しい雑誌が創刊されました。白石さんも編集委員の一人である『VOL』(以文社)ですが、この雑誌で「企んでいること」を少しお話しいただけますか。
白石 『VOL』を代表する立場にありませんが、個人的には「犠牲の累進性」と呼んでいるものに抗っていく必要があると考えています。大学の授業料が高いと言うと、もっと大変な人、たとえばフリーターがいるだろうと言われる。そういうかたちで犠牲を累進させて、問題を少数者の特殊性として囲い込んでいく。そういうことに対して『VOL』は少しは撹乱しえたのではないかと思うんですね。
問題は少数者の困難のみならず、多数者の自律をどうするかです。小泉義之さんの『「負け組」の哲学』(人文書院)のあとがき「アンダークラスのエクリチュール」に出てくる、周りにゴミ的なものしかない人たちの生きづらさや希望にどう向かい合っていくのか。そこにある欲望をどうやって可視化するのか。『VOL』もそうだし、小泉さんの本、立岩真也さんの『希望について』(青土社)、市野川容孝さんの『社会』(岩波書店)も狙いはそこにあると思います。
★つづきは、「週刊読書人」12/22号をご覧ください。
☆いわさき・みのる氏は東京外国語大学教員・哲学・政治思想史専攻。共編に「戦後思想の名著50」「激震!国立大学」、共編著に「継続する植民地主義」など。一九五六(昭和31)年生。
☆しらいし・よしはる氏は上智大学ほか非常勤講師・フランス文学専攻。共編に「ネオリベ現代生活批判序説」、編訳にクレポン「文明の衝突という欺瞞」など。一九六一(昭和36)年生。
☆もとはし・てつや氏は東京経済大学教員・英文学・文化研究専攻。著書に「映画で入門カルチュラル・スタディーズ」「ポストコロニアリズム」「本当はこわいシェイクスピア」など。一九五五(昭和30)年生。
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座談会=岩崎稔・白石嘉治・本橋哲也
【週刊読書人】(2006年12月22日号)
年末回顧総特集号
今年もまた多くの良書が出版された。見落としていた本も気になるところだ。本号では、この一年間の出版物の動向と収穫を各ジャンルにわたって振り返ってみた。年末年始の読書計画の参考にしていただければ幸いである。
(編集部)
主戦場は大学に
岩崎 『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)を昨年大野英士さんと一緒に編集された白石嘉治さんにお越しいただいているのですから、まずはネオリベラリズムとそれがもたらす荒廃という観点から、論点を整理してみましょう。さすがに小泉政権のもとで社会的不公正が臨界を越えてひどくなったことで憤りが高まっていますが、多くの場合、ルサンチマン感情とあまり違わない格差批判の反発に陥りがちです。しかし、ネオリベラリズム、白石さんにならっていえば「ネオリベ」は、たんに一つや二つのアイデアや政策にとどまらず、イグナシオ・ラモネが指摘するように、第二の資本主義「革命」という包括的なダイナミクスであり、その論理だと思うんですね。問題をどのくらいの深度で測ることができるのか。この反省的な問いがいろんなところから提起されました。
白石 「ネオリベ」という言葉を使おうと思ったのは、それが口語的な蔑称だからです。理論や政策としてのネオリベラリズムが現場に降りてきたときに、どういうかたちでわれわれを追いつめ、想像力を限定し、ある種の行為をネグレクトするのか。それに対してどう反撃するのかを日常の中で見つめ直す感覚を研ぎ澄したいと思った。だから「ネオリベ」というハシタナイ言葉で、問題を日常的な位相で名指す必要があるだろう、と。
お話にでたラモネが『グローバリゼーション・新自由主義批判事典』(作品社)の刊行とあわせて、9月に来日し何度か講演をしました。それであらためて思ったのですが、いまヨーロッパと南米では左派が圧倒的に強い。だからラモネによれば、反ネオリベラリズムの運動が政策に回収されてしまう困難に直面している、と。日本の状況とはやや懸隔があるのでしょうが、そうした世界的な流れのなかで、個人的には大学の問題が主戦場になるだろうし、感受性や想像力のあり方が問い直されていくのだろうと思っています。
本橋 現場において何らかの言説を生み出す時には、自分がどういう人間で、どういう立場から語っているかに意識的にならざるをえません。ところが残念ながら、ネオリベラリズム批判の「普及版」として「格差社会」とか「ニート・フリーター問題」の衣をまとって語られる言説には、自分が置かれている立場を捨象したものがとても多いように思います。白石さんは今、ネオリベラリズムの主戦場は大学にあると言われましたが、そこには当然、大学法人化の問題や非常勤職員の問題などが関わってくると思います。私たち自身の現場ということで、まずは教育や労働の場所を考えて、いくつか本を扱っていきましょうか。
岩崎 早稲田大学でビラ撒きしただけで逮捕、という異様な事件をきっかけに、ネオリベ化した大学を解剖したスガ(※糸偏に圭)秀実さん、花咲政之輔さん編の『ネオリベ化する公共圏』(明石書店)がありました。早稲田の地下サークル部室などは、それこそ大学再編に一番抗う空間だったのでしょうが、そこが圧殺されるプロセスには、ネオリベ的統治の特性が集約的なかたちで現れています。矢部史郎さんと山の手緑さんの『愛と暴力の現代思想』(太田出版)も、強いられた「現場」を撹乱して、自分たちでそれを再設定する可能性を考えさせる本でした。平井玄さんの『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』(太田出版)もいい。空間解放の企てをきっかけに、ネオリベによって飼いならされた「自然」をかき乱し、そこに起ころうとしている何かを切り取っています。
ところで今年、厳しい出版状況の中で果敢にも新しい雑誌が創刊されました。白石さんも編集委員の一人である『VOL』(以文社)ですが、この雑誌で「企んでいること」を少しお話しいただけますか。
白石 『VOL』を代表する立場にありませんが、個人的には「犠牲の累進性」と呼んでいるものに抗っていく必要があると考えています。大学の授業料が高いと言うと、もっと大変な人、たとえばフリーターがいるだろうと言われる。そういうかたちで犠牲を累進させて、問題を少数者の特殊性として囲い込んでいく。そういうことに対して『VOL』は少しは撹乱しえたのではないかと思うんですね。
問題は少数者の困難のみならず、多数者の自律をどうするかです。小泉義之さんの『「負け組」の哲学』(人文書院)のあとがき「アンダークラスのエクリチュール」に出てくる、周りにゴミ的なものしかない人たちの生きづらさや希望にどう向かい合っていくのか。そこにある欲望をどうやって可視化するのか。『VOL』もそうだし、小泉さんの本、立岩真也さんの『希望について』(青土社)、市野川容孝さんの『社会』(岩波書店)も狙いはそこにあると思います。
★つづきは、「週刊読書人」12/22号をご覧ください。
☆いわさき・みのる氏は東京外国語大学教員・哲学・政治思想史専攻。共編に「戦後思想の名著50」「激震!国立大学」、共編著に「継続する植民地主義」など。一九五六(昭和31)年生。
☆しらいし・よしはる氏は上智大学ほか非常勤講師・フランス文学専攻。共編に「ネオリベ現代生活批判序説」、編訳にクレポン「文明の衝突という欺瞞」など。一九六一(昭和36)年生。
☆もとはし・てつや氏は東京経済大学教員・英文学・文化研究専攻。著書に「映画で入門カルチュラル・スタディーズ」「ポストコロニアリズム」「本当はこわいシェイクスピア」など。一九五五(昭和30)年生。
週刊読書人・・・哲学・思想、文学・芸術からサブカルまで…読書人を志す人の新聞。本紙は全国の書店、大学・生協で毎週金曜日発売。WEB週刊読書人は木曜午後の更新!
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